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ブログ 美術館だより

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2018/12/14 (Fri) [PR]
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今年5月17日、当館で行われた「今井繁三郎を語る会」にご出席いただいた美術批評家 六崎六剛氏のお話です。

今井先生とは文藝春秋画廊で出会いまして、こんなにいい絵描きがまだ日本に残っていたのか、そういうものを感じました。これは東(岩手)の萬鉄五郎先生か、それとも日本海の今井繁三郎か、東北の二人の偉大な作家なのです。

今井の絵を15年前から晩年の「聖少女」まで、作品をずっと見てきました。今井の作品で大変感動した点があります。それは何か。皆さんが生活してこられた奥羽の地の風土、即身成仏――この様なひとの悲しみを自分に受けて、人々の苦しみの為に捧げる――という精神が、今井繁三郎の中には存在していました。だから、ある意味で、今井の絵を見た瞬間に、僕は魂の叫びが響いてきた時もあります。「月山絵描き」と皆さん言われていますけれど、月山を描いているのではないのです。皆さんの心の拠り所としての月山を描いています。聖少女も、この少女の姿ではなく、この奥羽の風土が生んだ精神文化をここに描いているのです。ですから、月山を描こうが、聖少女を描こうが、全く同じものなのです。皆さんもそういった目で聖少女をご覧になって下さい。皆さんの持っている心の世界に限りなく入り込んでくるのは、今井繁三郎の絵だと思います。これは、この東北の文化がこれほど素晴らしいものがあるということです。この作家は、単に鶴岡の作家ではありません。日本を代表する作家なのです。

今井の辿ってきた色々な過去があり、評論家としても超一流でした。文化勲章をとられた山本丘人先生――僕の大好きな先生ですが――それを戦前の段階でこの山形の今井が見つけ出して、今井が編集した美術雑誌『美之國』時代に評論されています。松本俊介にしても、最初に取り上げたのは今井です。戦前の全美術界を対象としての美術誌は、『美之國』ひとつだけでした。その中に、当時の大作家も含め、色々な作家の生の文が沢山寄せてあります。これは大変貴重な美術雑誌だと思います。その中で、今井は沢山の展覧会を巡り歩き、当時の評論家達に左右されず、今井の眼で的確に沢山の評論をしています。ビジョンも描いています。それが戦後になって、評論家がさも自分達が初の発見者のように手柄話、エピソード文として、もてはやしています。今井の戦前・戦後にわたっての評論活動や、美術界低迷の中で色々な作家を動かして再建に努めたことは、日本美術史の中で重要な足跡を残している事実があるのです。それを再評価して後世に残すべきなのです。

それと、今井の画人としての評価は大変高い。僕は、萬鉄五郎先生と同等である、そう思います。今井は見かけ、建前は全て捨てています。本音の絵描きです。こういう偉人が山形県から出たことは、大変なことだと思います。

今井は、これから作家としても、評論家としても、日本の美術史に残していかなければいけない人です。


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